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左官職人の血(^v^)

私の主人は、群馬県で左官屋さんをしています。


江戸時代から代々続いている左官屋の三男坊で、2007年に独立しました

今は、一人親方で頑張っていますが、私には、不安など一つもなく

いつかカリスマ左官職人になると信じています

この人について行けば大丈夫!心配なし!!なのです

 

先代は新潟で、左官屋をしていたようです。

主人のおじいさんが、独立して群馬に左官屋を開いたそう。

 先月、主人の実家からおじいさんの日記が出てきました(^0_0^)

昭和9年の日記です。おじいさんがまだ結婚する前で、新潟から群馬に出稼ぎに来ている時の日記

 CIMG3228.jpg

仕事のことで、専門用語が多いのと昔の言葉、文字が多く私には読めなかったのですが、

主人は、解読出来たよう。

義父の言うことには、うちの主人はおじいさんによく似ているそうです。

 

おじいさんは、とっても厳格で几帳面、無口で、子供たちにも厳しかった人。

仕事熱心で、常に左官の事を考え研究していたみたい。。。

似ているといえば。。。似ている。。。

うちの主人は、厳しいけれど、無口ではなく、どちらかというとおしゃべりな人。

仕事の面で、おじいさんにそっくりなのでしょう

日記を読んで、共感できるところがたくさんあったんですって!!

義父は、これまた厳しい人だけど、おしゃべりは上手。

なので、うちの主人は二人の血を上手にミックスした人なのかもしれません。

おじいさんは、主人が生まれた1974年に亡くなってしまいました

今一番、会いたい人です。

たぶん、主人も会いたいでしょう。

きっと、今生きていたら、毎日、左官の事を語るんじゃないかな?

 

日記を読んで、私たちは、先祖について知りたくなって少し調べてみました。

すると、わかったのは、1833年に一代目の菊松さんが亡くなっているということ。

二代目、菊松さんは、1853年。。。

1853年ってペリーが来航した年

ということで、江戸時代から代々左官屋だったと判明しました。

 

す、、、すっごーい!!!

㋖という焼印が押してある鏝を、引き継いでうちにありますが、菊松さんの鏝。

   CIMG3230.jpg

材料など進化しているけど、基礎技術や道具は、そのころから変わっていない。

左官は、日本の伝統技術なんだなぁと感心です。

大事に引き継いで、進化しながら昔ながらの工法も後世に伝えていかなければならない仕事なのだと思います。

 

にしても、、、170年の間、その子孫たちが左官に携わっているって、やはり、左官職人の血がそうさせているのかも

ためしに、二歳の娘に鏝を持たせてみたら、教えてもいないのに、鏝を壁に当てたんです。

うーん、、、 やっぱり職人の血は流れているのかしら。。。

155.jpg  

 

菊松という名は、二代目まで。

なので、三代目菊松を襲名するかな?なんてうちの主人。

二人目が男の子だったら、名前が菊松に

 

私には、どんな血が流れているのかしら。。。

 

 

 


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